の10年間の経験から得たフィリピンにおける日本人高齢者のお世話の現実と将来性
人間歳をとると言う現実の前に、生まれ育った地での常識が通らない他の地での同調がいかに難しいか思い知らされる。
その上に、残念なことに加齢により頭がコントロールするのではなく感性がコントロールする中で、その同調が遠ざかる現実
を知れば知るほど、何故こんな仕事を選んだのかと思うことがある。
しかしその反面に変わり行く日本の状況を考えると、そんな同調等と言う甘い妥協でなく現実の生活や介護・医療問題が目先
の大きな問題となって、日本国内では問題解決不可能と言う現実もそこにあるので、手を緩める訳にもいかない。
当社と同じくジェロントロジー研究をされているNPO法人日本ケアフィットサービス協会事務局 (ココをクリック)の言われ
る理想の老後を私自身も考えたいが、私自身も加齢していく中で、そんな自信は無いのが現状です。
そこで10年の経験を元にどうしたらこうした日本人が日本の常識が通らない異国でも快適とは言わないまでも、違和感無く
過ごせるのかという観点が最大の研究課題でした。 また日本人と言えど様々な生活環境があり、風習があり、食文化がある
中でどうアジャストして行くのか?という点です。人間残念なことに65歳を超えてくると協調精神が衰えてくることは、日本も
どこでも同じです。 良い例が 日本であれだけ盛んだったゲートボール人口は急速に減少しています。その一番の原因は
ゲートボールのチーム内での協調性の欠如と言えば良いのですが、要はけんかです。 即ち海外であれ、国内であれ元気
ではあるのですが、こうした年齢の方々を考える事が、一番お世話をするのが大変であると言う現実に突き当たります。
これに対して既に介護が必要になった場合は、猫の手も借りたい 優しい手 という点でも、費用面においてもまったく問題が
無いことは明白です。 しかし、介護を本当に受ける前の方々は少しの失敗等を問題にして騒ぐのですが、騒ぐ原因となる
要素の殆どは日本の考え方と少し基本が異なることから端を発しています。 その良い例が当社では2000年からフィリピン
人の入居者も受入れています。 これら入居者はフィリピン社会では高い生活水準、アメリカその他の高い水準を理解した
方々で、勿論その家族の方々も同様です。しかし現在そうしたお客様が増えているという現実は、彼らの水準を満たしている
という結論を導き出せます。
即ち、日本人が何を心配しているのか?それは日本人ではないと言う偏見から来る不信感に他ありません。
では一体この不信感をどういう風に取り除けるのか という一点にだけ問題が残っていますが、論理的に他には問題が無い
という事になります。 勿論全ては人間が行うことで完璧はあり得ないのですが、所詮人間には寿命があるという観点からは
介護をする方も、受ける方も 不完全であるという点では一致しているのです。
しかし問題の解決という意味から、介護を必要とする方への解決策は見えてきましたが、元気な方への解決策は見当たり
ません。
私一人が考えて解決出来る問題では、海外においても日本においても無いという結論が出てきてしまいます。
即ち 本人の問題であるという点に帰着します。そこで本人の判断と言う観点から考えると、判断材料が多い方が良いと仮定
した場合、簡単に外にも出られ、簡単に他の人とも交流が出来る場所のほうが良いのかと言う事になります。
即ち、簡単(車や運転手を考えることなく)に出られる場所。そして様々な方が居る場所。買物やその他が簡単な場所。・・
というほうが理想であるという結論に達しているのです。
