真珠新聞 発行所:東京都千代田区九段北1丁目12番1号産みのビル4階 真珠新聞社

GEMPEARL MUNETOMO 

東京都赤坂局内 棟朝真珠 (カット 柏原覚太郎)


昭和49年9月21日 (第620号)

持つ事と知ってる事の相違

希少性を有するが故に賞賛され指導的地位にいる。

   個性の異る部下の教育には己のその希少性が邪魔となる

      希少性を持つ事と希少価値を知る事の違いを悟る

昭和49年10月11日 (第622号)

言葉と誠実

鄭重な言葉の中に含まれる

   誠実が買主の安心となり

 売主の資本となる

 

昭和49年11月1日 (第623号)

指導者の資質

 

”集め進める知恵

            動きを止める勇気”

 

昭和49年12月1日 (第626号)

綱渡り

 

”資本家が綱を押さえ、経営者は渡る。

      そして万に一つも落ちてはならない。

大衆が拍手をする手に汗握る。

      それが経営者のの利益となる。

 

昭和50年1月11日 (第629号)

ダイヤモンドの様な人

 

”ダイヤモンドは宝石の王様である。しかしその硬さ

故に研磨が出来ず、宝飾品としての利用は他の宝石よ

り遅れた。経営者に見る目なく、磨く能力がなくて、

この様な人材を埋らせてはならぬ”

 

昭和50年2月11日 (第631号)

必要なものは

 

“真の科学者、真の心理学者、真の美学者、

      総て立派な商人になり得る、そして必

           要なのは「学者」ではなく「真」なのである”

 

昭和50年4月1日

限度

 

”人間一生に己の知恵と才能を出しきった人はない

    一時にせよ生涯にせよ限度があると思った人は敗れる”

 

昭和50年5月1日 (第638号)

その時が勝負なのに

 

”自分が苦しい時は相手も苦しいのだと解ってはいるが

その度合いが極点になるとつい自分だけ苦しいと思う様になる”

 

昭和50年6月21日

教育の普及は何を進歩させたか

 

”昔、領主は民を暗愚であると思い

それを口にせず永く統治に成功した

今、政治家は国民を賢明と云い

それを口実に予算と時を浪費する”

 

昭和50年7月11日 (第644号)

不況こそ一人前への近道

 

  ”好況は無能な年月の経過で

商人を一人前だと誤らせ

   不況は商人に工夫や思索を強い

一人前にする”

 

昭和50年8月11日

”美しさを忘れる慣れの怖れ”

 

真珠の天然の美しさに魅せられてその美の差を

格付け販売していた真珠商が

相場にこだわり加工場の能率を論ずるうちに

単なる大量生製品の売買人となる

 

昭和50年9月1日

流行か場当りか

 

若者は何事もフィーリングが第一だと思っている

     それに合せて充分な金儲けをしている人も多い

次は社会性やビジョンある

              商人の”のれん”のチャンスだ

 

昭和50年10月1日 (第651号)

”攻撃激しければ

      防禦はより充分に”

病は人体自然の良能によって治癒するといわる

昔以上に健康を害する要因の多い今日

良能を発揮すべき肉体を昔以上に不健康に

              管理している人が多い

 

昭和50年11月21日 (第655号)

”洋装に謙虚は美徳ならず”

 

アクセサリー無しの外出は着物に帯無しの如きもの

パーティーでホステスの宝飾品への遠慮は無用

 

昭和50年12月1日 (第656号)

お宮さんの三〇〇円のダイヤモンド

 

”お金で貰って貯金をしてたら十四万円(年利8%80

年複利)富山氏が今同じダイヤモンドを買ったとすれば

1,000万円心変りは早い時期に宝石に限る”

 

昭和51年1月11日 (第659号)

宝飾品はどちらに売るのか

 

主人はセールスマンの商品知識や熱心さをほめる

主婦は同じ売手の態度の悪さや服装の未熟さをけなす

 

昭和51年2月1日 (第660号)

流行

 

正装の厳しいルールが無視されるかと思え

    ば夏の下町でもステテコ姿が見られなくなった

相反する現象の中で行われるものと流されるものとがある

 

昭和51年3月11日 (第663号)

真珠宝石商

 

美しさを求める心を失ない利に溺れる時

      商人は不在となり不良在庫と妄者が残る

 

昭和51年4月1日 (第665号)

歪んだピエロ

 

世の人々はインテリは誤り少き者と思い勝ちであるが

理論の弄びではインテリ故に感違い多く乗ぜられ易い

  体と経験で得た商人の正論の強みはここにある

 

昭和51年5月1日 (第668号)

真珠宝石

 

商品が贅沢品から買廻り品になる時は

        商売は専門商から素人へ移る時でもある。

 

昭和51年6月1日 (第671号)

真珠宝石商

 

必ずしも美しさを知らなくてもよい

”美しきものはそれを知る人の所有物になりたがっている”

とさえ知っているのであるならば

 

昭和51年7月1日 (第674号)

真珠宝石の手入れ

 

”消費者より真珠・宝石の手入れ方法をきかれる。

おのれが好きで持っている品物に対する愛情を説く”

 

昭和51年8月21日 (第678号)

ブームはここから始る

 

結婚してから十年甲丸以外は何もなかった今迄の妻

結婚する前から何十万円もの宝石を貰うこれからの妻

 

昭和51年9月11日 (第680号)

”宝石鑑別書”

 

宝石商も誤る合成・構造・代用の宝石が多い

しかし販促の為のケースや包装紙、リボン等と

宝石鑑別書が同じ様に扱われては困る

 

昭和51年10月1日

”貴金属製品のメッキ”

 

貴金属はその上品な深みある光沢と重量感が命(いのち)

安易なメッキでその魂を奪い自からも貴金属商としての生命を終る

 

昭和51年11月1日 (第684号)

”価値と換金性は異る”

 

稀少性が増すと宝石の価格は高くなる

    価値が極度に高まると換金性は低くなる

 

昭和51年12月1日 (第687号)

拡販を求める不勉強者

 

不変、稀少の宝石要素に欠けている真珠の

    残された唯一の”美”すら売手より買手がより知っている

 

昭和52年1月11日

”身体が動いていると頭も口上も早く働く”

 

数少ない客を100%獲得せねばならぬ宝飾小売店員は

   暇な日程何回も飾り何回も磨き決して身体を休めてはならぬ

 

昭和52年2月1日 (第691号)

”石の上にも三年”

 

昔−一店が1000人のその店を知る客を待つ期間

今−一人の店員が1000人のその店を知る客をつくる期間

 

昭和52年3月1日(第694号)

”アフターサービスは流行らない”

 

デ・ビアス=世界中でダイアモンドセールスマンの教育を開始する

真珠振興会=ネックレースの正しいクラスップ付指導

                                キャラバン世界へ出発か

 

昭和52年4月11日 (第697号)

勇気ある広告を求む

 

自社を誇り製品を湛える虚像の宣伝は多い

          お客様の苦言や忠告の実像を広告する勇気は無い

 

昭和52年5月 (第699号)

どちらが株主のためか

 

小企業=赤字が出ても固定資産を薄価に止め様と努力する

大企業=遊休不動産に金利など上積みしても配当しようとする

 

昭和52年6月1日 (第702号)

葉隠れ活用商法

 

”死ぬ事と見つけたり”とは死ねば済む事ではなく

      生抜く事を死を覚悟する中に見出す事である

 

昭和52年7月1日 (第705号)

鍛練を怠って験は無い

 

入社する、鍛えられて三年が過ぎる、一人前になったと思う

二十年を経て、二十年の経験者が十七年の退歩者となる

 

昭和52年8月11日

根性

 

それ程無くとも上手を云ったり書いたりは出来るが

      これ無くしては上手に売ったり買ったりは出来ない

 

昭和52年9月1日 (第710号)

相手を誉める

 

そう思ってない者を一生懸命誉めながら本人は段々横着者になっている

未熟な者ほど自からの努力を怠っては自分より年下の人を誉めている

横着せず努力してそう思う人を素直に誉めたいと思う時相手がいない

 

昭和52年10月1日 (第713号)

商人の担ぐ天秤棒の荷

 

立派な先生達の商業ゼミをいくら熱心に学んでも

   それはあくまで天秤の片荷の材料にしかならぬ

あとの片荷は悩み苦しんで自分で創った荷が必要だ

 

昭和52年11月1日 (第715号)

教える人と教はる人の違い

 

教える人は知識を頭で担いでそれを小出しにすれば生活出来る

    教はる者はその知識を身体で担がねば食べてはゆけぬ

小学校から大学までそこの違いを教えてくれる先生がいない。

 

昭和52年12月1日 (第718号)

小企業の労使共に生きる道

 

営業部員にはサラリーマン・ビジネスマン・セールスマンの三タイプあり

    五十五才の時定年も再就職も関係無いのはそのどれかを知り

経営者はそれを知っている者程会社のためになっている事を知るべきだ

 

昭和53年1月1日

’78業界P・R活動

 

値下がりや過剰予想あるサイズや質の拡販を計り

        集中的にその宣伝を行い真珠全般の安心市場を創る

 

昭和53年2月1日 (第722号)

叱言の無い世は恐ろしい

 

職場や軍隊で叱言の中で生活した親は多くを学び経済を成した

その父が何故か子を甘やかして叱言の聞き方も云い方も教えなかった

孫が自から叱言を学ぶ能力無い時伝統も繁栄も失っていた

 

昭和53年3月1日 (第725号)

知らねば間違えぬものを

 

人皆同じに見える時あり 異って思える時もある

相手を判断する時 類質同像の誤りでも危険なのに

ダイヤモンドと石墨を混同する様な事があったら大変だ

 

昭和53年4月

今年のダイヤ相場と真珠業界

 

円買い、マルク買い、と共に昨年より国際投機者のダイヤ買いが流行っている

現在ダイヤは中央販売機構の手を離れてから40〜50%のプレミア付と言われる

今年このプレミア分を吸収安定させるマーケット無い時は

                            ダイヤの価格は久し振りに乱れる

真珠業界はダイヤ中央販売機構が行うであろう

                        この難問解決の手腕を勉強しておくべきだ

 

昭和53年5月

不況と解雇

 

不況になると外国では若者が、日本では中高年者が解雇される

中高年勤労者は年や給料に見合はぬ様になった過去の研鑚不足の反省が

経営者には年功序列で部下を甘えさせた責任が共にあるはずだ

 

昭和53年6月

小企業経営

 

一日も早く投下した資本金額を留保金で残す努力

       一年でも早く在庫の総額を税引後で儲ける工夫

経営を論じて商人の基本をうっかりしてはならぬ

 

昭和53年7月1日

笑えぬ話

 

商売には笑顔が一番である事は誰でも知っている

      その大切な笑顔さえ満足に出来ぬ者が

高等販売技術の習得に夢中になっている

 

昭和53年8月11日

今が不況だと思うな

 

大正昭和初期の不況

    財布は空だ、貯金は零だ、米柩に米は無い

オイルショック以降の不況

    万円札は持っている、月賦で買っても百万単位の貯金はある

    年間数百万人もが海外へ観光に出掛けて行く

 

昭和53年9月1日

OL勤務の日々

 

母親だからでは無く年配の女性として

    息子や娘に心から尊敬される後日のために

今が一番の勉強の時だと心得よ。

 

昭和53年10月1日

プロのセールスマン

 

お客に売手の会社・セールスマン自身・在庫のどれかに興味を持たせる

    これに成功すると客は必ず在庫のどれかに心動かす

売手はその商品か客(店)に必要である説明をすれば商談は決る

    興味を持たせる、必要を説く、その質と量を

    セールスマンの経験という。

 

昭和53年11月11日 (第748号)

真珠商のあなたはお持ち

 

こんなすばらしいものを恵んでくれた大海への感謝

    限りない大自然の美しさを止めどもなく与えてくれる感激

それを世界の人々へ仲介している喜びと誇り

 

昭和53年12月1日

それがあれば常に輝く

 

真珠や宝石の手入れの方法を知る以前に

    価格に関係なく己が好きで求めた品を

愛し慈しむ心があるかが先決である

 

昭和54年1月1日

真珠の相場

 

好況の商習慣の価格に溺れた後には

美しさの度合にのみ準じた正価が残る

 

昭和54年2月1日

評判を汚すな

 

ダイヤは宝石の王、真珠は宝石の女王と云はる

父なる大地、母なる大海の育ての親を頼らず、

名にふさわしい真珠の生産と販売を心掛けよ

 

昭和54年3月1日

良き友

 

友を持てば喜びと共に煩わしさは付纏うものだが

煩わしさと、迷惑と、傷つけるでは大変な違いがあることを知り

傷つけるはもってのほか、迷惑は絶対にかけぬ、と心掛け

煩わしさは常に注意して友の許せる範囲と考える人

 

昭和54年4月1日

真珠の価値

 

有機質で変質変色が避けられず

    資産価値が宝石より劣る真珠の売人は

         美しさで宝石より優る真珠の良さを熟知せよ

 

昭和54年5月11日

真珠のネックレース

 

独身の時は金のネックレースでも我慢出来るが

    中年になると亭主子供のためにもどうしても必要となり

買うチャンスは出産、育児、の費用が不要の独身の時である

 

昭和54年6月1日

真珠のセレクト・アイ

 

薄巻にバロック無しとは真珠商なら誰でも知っている

    厚巻で真円なら申し分ないが極く稀れである

薄巻で魅力ない人を評価して厚巻でバロックの人を

    疎外する様な事があっては真珠商になった甲斐がない

 

昭和54年7月1日 (昭和768号)

新企業診断法

 

現在社長以上の年収ある営業部員が何人いるか

        将来社長にそれを育てる意志と勇気ありや

それが出来た時会社は始めてプロの集団となる

 

昭和54年8月11日

それを教えるから商業ゼミ

 

二万円の会費を払い二日間仕事を休む、だから

        十万円以上の値打ある話をせねばならぬ、聞かねばならぬ

その計算が講師にも受講生にも無いとしたら

        その集まりは本質的に商業ゼミナールとはいえぬ

 

昭和54年9月1日 (第773号)

夏休み

 

小売店の売上げが1/2になる

        卸商が2/3も休業する 残りの1/3

卸商は平月以上の売上げを得る

 

昭和54年10月1日

運転資金

 

腹が減っては戦は出来ぬ

    腹が一杯では油断が出てくる

資金が無ければ商売は苦しい

    資金が豊富だと無駄な在庫が増える

 

昭和54年11月11日

プロ野球や相撲だけがプロでは無い

 

会社と名が付けば お店と云われれば 総てプロの集団であるはずだ

     経営者も管理職も社員もプロになれる新人以外の

入社はお断りとの気概なければそのチームは敗退する

 

昭和54年12月11日

役人の保身

 

いつも国が損ない様に立案するから社会が貧困する

 

資本家の常識

 

相手を儲けさせようと努めるから己も儲かる

 

昭和55年1月11日

プロセールスマン

 

人に理想的だといわれる様な売方では未だプロとはいえぬ

驚く様な個性ある売方が販促に連る時初めてプロになれる

思索と苦心と努力無き者に特有の個性ある売方は生れない

 

昭和55年2月1日

金の値上り

 

今日金と通貨の兌換制度は無い、金本位制も有名無実である

相場はその物の需要と供給と在庫のバランスで上下する

今日金ほど過剰在庫の多い商品はない、そこに過剰投機がある

 

昭和55年3月1日

金(きん)と投機

 

業者は恐れて小量当用買い

        素人は恐れず大量投機買い

損得の答えは多数決で決り

        理屈は通らず投機に正論は無い

 

昭和55年4月1日

セールスの体質を作れ

 

蛙が蛇の前で身がすくんで己の意志が無くなる

        これは動物的な両者の遺伝体質かもしれない

ソフトな物腰と充分な説明の売手の努力が

        常に総ての点で意志ある買手に理解される様になった時

そのセールスマンの精神と技術は体質として残る

 

昭和55年5月1日

業者もセレクトされる時代

 

昔金持の贅沢品であった真珠・宝石が、近年一般大衆の必需品

になった事によって、業者は永年笑ってこられたが

最近の昇給と物価高のアンバランスに追われる消費者が、必需品

のセレクト買いの時代になって、真珠・宝石が大衆の必需品にな

っている事で業者は泣かされる

 

昭和55年6月1日

誰が商人を悪くするのか

 

上手な買方をする客が多いと商人は勉強して進歩する

ぞんざいな客にのみ接していると商人は堕落して横着になる

 

昭和55年7月1日

プロのチームはプロが作る

 

会社はプロのセールスチームを作ろうと努力している  

      いつまでたってもプロのセールスチームが出来ない

気が付いたら指導している監督やコーチがアマだった

 

昭和55年8月21日

”紙一重がプロの見せ場”

 

セールスが熱弁の説明で迫る、客は逃げ腰となる

      売り手が投げやりの態度で接する、買手は興味を示しはじめる

どちらにせよ、成約は販売員のプロの知識と手腕で決る

 

昭和55年9月1日

”真珠は宝石か”

 

宝石の条件は@美A不変B稀少である、従ってAとBについては

真珠は条件に欠ける、なのに真珠は宝石の女王と人々から賛えられ

る、それは比類ない美しさが他の欠点を補って余りあるからだ

 

昭和55年10月1日

幸運だけに頼るか

 

止ったボールを相手とするゴルフ

    変化して動くものを相手とする野球

意志も癖もあるものを相手とする商売

    どれが難かしいかは別としてプロでないと儲からぬ

 

昭和55年12月1日

成人式と真珠

 

ダイヤ指環が婚約の常識となった今日、

    真珠を成人式の必需品とさせるための

小売協のキャンペーンはぜひ成功させたい

    成人式の半数が男性であることも含めて

 

昭和56年1月1日

来るべき不況は以前と異る

 

十年前の不況は生産減と調整保管で耐えられた

    次の不況は生産が少ないのにそれでも売れない商況だ

そんな状況になった時、我々は打つべき手があるだろうか

    もし対策が無いのならその様な事態には絶対してはならぬ

 

昭和56年2月1日

経営者

 

己が知らぬはずの部下の専門分野で

    これは変だと知る常識が五感の持主

 

昭和56年3月1日

養殖は天然の値を追うなかれ

 

石油は値上げ、金は騰る、ダイヤは高くなる

    それなのに、飼代や経費が嵩むミンクは案外安い

養殖業者は、折角定着した真珠の大衆必需品化を

    金持のみの贅沢品に追遣ってはならぬ

 

昭和56年4月11日

調色化料にも節度あり

 

真珠特有の輝(光の干渉)に値打ありと

    認める消費者が多くなり、疵はあまり気にしなくなった

有機質であるから年と共に多少の変質はやむを得ぬが

輝が退化して疵が浮き上ってくる様な化粧は消費者の心を傷つける

 

昭和56年5月1日

相場はあるが資産が無い

 

消費者の真珠には買値はあるが資産はない

    その真珠がここまで高くなると資産が無いから手が出ない

業者の在庫にまで売値はあるが資産が無くなったら大変だ

    そこに自から資産性が無くとも売買できる相場が必要となる

 

昭和56年6月1日

真珠鑑別の研修会

 

いきついた科学の結果のみを肯定して

    肯定がより販促につながる勉強を忘れて

業界主催の省販会となってはならぬ

 

昭和56年7月1日

真珠と真珠商

 

真珠特有の美しさは

    何千枚かの真珠層の光の干渉による

業界特有の美しさは

    何千社かの真珠商の自我を捨てた発言による

 

昭和56年8月

商策と商機

 

今秋の浜揚げ珠を調整保管するぞとの業界決心の発表が

    現在と将来の真珠価格の安定を計る商策となり

調整保管の実行を不要にするかもしれぬ発表の商機は今である

 

昭和56年9月1日

消えてゆく業界資金

 

浜揚げを高値で落札する、養殖場は例年以上に儲かる

    儲かった養殖場は例年の何倍もの納税をする

業界は高値で苦しみ、過大納税分だけ資金が枯れる

    翌年その影響が養殖場に及んだ時儲けたのは誰か

 

昭和56年10月1日 (第839号)

商売両極化時代

 

大学出が昔の丁稚小僧の修行を礼讃実行する

    女子が光通信、テープ、撮影、コンピューターを活用する

プロとして精神と科学の研鑚を迫られる時が来た

 

昭和56年11月1日 (第842号)

真珠も人間も共に

 

真珠は厚巻になるとバロックになり、人間も年月を経るとイレギュラーする

問題はバロックやイレギュラーのために生ずる内部の腐れや外部の角だ

変形の丸味が無限の融通性を秘めた美しい真珠や人間でありたい

 

昭和57年1月11日 (第847号)

接待するのみが販促では無い

 

販売員は買って頂けたら接待しようプレゼントしようと考える

御客様宅へ訪問販売に伺う御気に召したものが無く買って頂けぬ

販売員は何も買って下さらぬなら食事位御馳走してよとおねだりする

食事中に相互の親密度が増幅して商談の再開が食後に始まる

 

昭和57年2月1日

時既に遅しか

 

入札の談合や高値維持のためのトラストは悪だが

不当高値買いの自粛や自発的諸調整は善なり

悪に無知か善に無協力の時、業界は乱れ市場を失う

 

昭和57年3月1日

目立たせるは逃げる道

 

誰が見ても超一流の銀座のママスタイルが

店内で酔態を見せる一流企業幹部の

同伴を申出させぬ世間体の逃げの鎧

 

昭和57年4月1日 (第854号)

プロは禍を福となす

 

買ったばかりの指環から真珠が外れて客から大目玉を喰う

    菓子折を持って詫びに行き大至急直して納めるのはプロではない

買った時に客が迷ったより高額指環を客のサイズに合せて持参して

    御指が淋しいでしょうから直す間これを御使用下さいと提供する

買った指環に嫌気がしている時だから交換売上増大のチャンスともなる

 

昭和57年5月1日

傷手と商人の気概

 

真珠もダイヤも値下がりの傷手を受けると誰かを責めたくなる

    たとえ生産、加工業者に大きな見通しの誤りがあったとしても

責められるべきは傷手を受けた己自身であらねばならぬ

    何故ならばその気概なくしては終生プロになれぬからである

 

昭和57年6月1日 (第860号)

算数と計算

 

けい算の早い人は頭が良い人だと思う

    頭の良い人だから計算が立つ人だと思う

けい算が早い人と計算の立てられる人とは異なる

 

昭和57年7月1日 (第863号)

真珠も会議も同じ

 

真珠は何千枚もの真珠層の光の干渉があるから美しい

    会議も多くの出席者の言葉の干渉の末の結論が良い

問題はその干渉を起させる程の出来のよい層なのかである

 

昭和57年8月11日

真珠屋は宣伝好きか広報好きか

 

予測して結果に勝負を賭ける広告宣伝と

    予測の範囲で大衆に知らしめる広報とは異る

その違いに気付かぬうちは予算も仲々決らない

    誰か業界の売上を作定してそれを達成する人やあらん

 

昭和57年9月1日

今の不景気

 

海外に出かけ車に乗って、酒に酔いながら

    不景気を論じている現在の不景気は

肉や魚も買えず、米も喰べられぬ不景気とは異る

    工夫の足らぬ店や会社にのみ訪れている不景気だ。

 

昭和57年10月1日

環境の良さと心の未熟

 

昔東京の本郷は、下町の粋がっているいや味も

    山の手の上品ぶった臭みも共に無い街だとされた

そこで生れ育ったのだから中庸の紳士になれると思うと 

    年と共にかっこは益々上品ぶり心は愈々粋がっている

 

昭和57年11月1日 (第874号)

天然真珠の価値

 

バロックの天然真珠に値をつけろといわれハタと困る

    無核の淡水にどの程度のプラスか、ケシの大粒と思うべきか

結果は天然の美しさの違いを感じた差の値をつけた

 

昭和57年12月1日

真珠は”千もんめ”

 

とうの昔に尺貫法は廃止されているのに

    業界がそして業界紙までもが貫を常用している。

許されているのは”もんめ”のみのはずであるから

    ”千もんめ”というような常用語作りが必要なのではないか

 

昭和58年1月11日

真珠商のポリシィ

 

真珠は化学を活用して養殖や加工の業績を誇るものではなく

人文科学つまり人間の文化を自然との関係において研究する

商品だと信ずる真珠商はそれを弁えている誇りを持つべきだ。

 

昭和58年2月1日

率先真珠業界に取引高税現る

 

真珠業者の総てが国内で販売される真珠に対して流通毎に匁0円の取引高

宣伝分担金を拠出する。まもなく真珠の広告がテレビや新聞で見られるよ

うになり、国内真珠業界は活気に溢れ、輸出もそれに伴い堅調である。

0赤字補填の苦労より赤字を出さぬ出費の方が楽である。

 

昭和58年3月1日 (第884号)

真珠は自然と共に永遠に

 

自然の恩恵で儲けさせて頂いている真珠業者が

    もし自然を軽視すれば業界が滅びるのは当然だ

        滅びるまでに儲けようとする業者が問題を生む

 

昭和58年4月1日

景気

 

景気の良い時に貯え景気が悪くなったら金を使う

      簡単にして明瞭なる景気調整の策である

心ある個人がそれを行って景気回復に努力しているのに

      国は貯えの制度も無く常に使い過ぎの道のみ歩む

 

昭和58年5月1日 (第890号)

不況でも心は錦

 

景気の二文字には金も物も表われていない

      従って金は無くとも背景作りに必死の努力をし

物が無くとも意気軒昂の気配を四囲に与えよ

 

昭和58年6月1日

追えば来なくなる

 

アフリカの野生動物保護区で観光サハリ車は特別の場合の外

道を外れてはならぬ規則の国がある。追えば動物が道の近くに来ないからだ。

都会の店も御来店の努力を忘れて客を追い過ぎ自から苦労してないか。

 

昭和58年7月1日

女性の楽しみの方向を変えよ

 

家庭の近代化と電器製品の進歩は主婦の余暇を生み

    女性の長電話を流行させて電々公社を喜ばせているが

商人は楽しい電話を店にかけて下さる商売の工夫が必要だ。

 

昭和58年9月1日

商人三十年の反省

 

商売を始めてから十年間は本音の商をして苦しいが楽しい

    後の十年は本音といつのまにか生じた建前とが混っているのに気付かない

二十年を過ぎると商売が建前だけとなり三十年頃には取引先の魅力を失う

    この反省は初代、二代目、三代目に置替えても同じことがいえる

 

昭和58年10月1日

拠金すると思わず儲けなさい

 

永年業界で宣伝費や基金の拠出の案分が問題となる

    毎年浜揚げ売買時に匁二十円徴収すれば二億五千万以上はある

にこにこ笑顔で二十円出した生産者は流通業界へ四十円高く売りなさい

    基金や宣伝費は自分達が拠出したと大きな顔をしながら儲ければよろしい

そして翌年の浜揚げ価格の維持にはこれが大変な力となるのだから

 

昭和58年11月1日

真珠宝石取扱の反応今昔

 

国内取引に委託が流行る。やむを得ぬかもしれぬ。

    気になるのは委託だからと預ける人も借りる者も

共に商品の天然性からくる特質、価格、適応に無関心となり

年々車やテレビの売買と同一になりつつあることである。